◆[Note:01] 月の沙漠 [カタン<第二集>]

皆様「カタン<第二集>」、そろそろお手元に届きましたでしょうか?そして、最後まで聴いて頂けましたでしょうか?
今回の唱歌アルバムは1枚目の「無印カタン」よりは睡魔を召喚しないのではないかと思うのですが、「荒城の月」あたりに催眠ゾーン(笑)がありますので、そのへんで皆さん寝オチして最後まで聴けない現象が起きていてもおかしくはないかなと。…は、思うのですが、頑張って縁起の悪い13曲目まで辿り着いて下さいませ。
トレイにCDをまだ入れていない人は今すぐ開封してイン!ですよイン!

さて、無事に「カタン<第二集>」発売の運びとなりましたので、今日からぽつぽつライナーノーツ的なものを収録曲を追う形で書いていこうと思います。まだ聴かれていない方で、ネタバレがお嫌いな方はここで華麗にUターンして、聴き終わってから読んで頂ければ幸いです。

初回は1曲目、「月の沙漠」。

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「カタン<第二集>」の1曲目を担う「月の沙漠」。
CDをトレイにのせて再生ボタンを押したら声だけが流れてくる、というのはなかなかの冒険だと思いますが、そのアカペラをまるまるワンコーラス持ってきたアレンジャーの太田さんの思い切りにみとせが一番驚きました(笑)。
始まりはアカペラにしましょうか、というのは打ち合わせ段階で出ていた案なのですが、ワンコーラス目の後半からはバッキングがつくだろーなんて思っていたら、頂いたDEMOではいつまで経ってもバッキングが入ってこない。ワンコーラス終わってから漸くピアノが、と思ったら、ものすごくシンプルなフレーズ。こういうアレンジ、すっぴん(笑)な分だけやるのに勇気が要りますので、この形に決めた太田さんに逆の意味で度肝を抜かれました。太田さんにしてはあまりにもシンプルですが、思えばこの英断は「うたものギタリスト」を自ら名乗る太田さんにしかできないかもしれません。と、思ったところにきっちり間奏から満を持しての太田節満載ギターソロ登場(笑)、一気に太田ワールドになります。叙情派ギタリストの面目躍如、憂愁なフレーズが聴きどころです。

ピアノの重たい四つ打ちは末なき砂の上を往く歩みの重さ、緩やかに弧を描き交差する弦楽四重奏は果て無く広がる砂丘を見渡す視線、語り部の如く雄弁に道行きの哀しさを物語るギターの音色。絵画のように音と音とが絡み合い、「月の沙漠」の風景と叙情を描いていきます。
行く末の見えない沙漠に、引き返す先もない荒涼の砂丘に何を思い描くのか。幻想的な情景と物語をなぞる声と息の繊さに、「月の沙漠」の抒情を感じて頂ければ幸いです。

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実はこの曲はとにもかくにもみとせが唱歌の中で一二(いやすみません、五指…で足りるかな…)を争うほど愛している曲で、1枚目のときから入れたくて候補曲にはあったのですが、自分の中でアレンジが定まらず、結局入れられなかった曲でした。今回もアレンジが自分の中ではっきりと決められないままやはり候補曲リストにだけは入っていたのですが、太田さんと一番最初の打ち合わせをした際、候補曲リストをお渡しして「やりたい曲はありますか?」とお伺いしたら、「月の沙漠」と即答。真っ先にあげて下さるなら、太田さんの中にあるイメージにこの曲を預けてみようと思い、アレンジをお願いしました。
太田さんの抒情と哀愁、みとせのか繊さが相まって、実に救いのない(笑)素敵な「月の沙漠」になったと思います。

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「月の沙漠」の作詞者は加藤まさを。当時人気の抒情画家でもありました。
サバク、は「砂漠」ではなく「沙漠」の文字が正解。
まさをが千葉の御宿海岸で結核療養をしたいた際に見た砂浜の風景から想を得た詞だそうで、この詞にモデルとなる外国の民話などはありません。アラビアンなイメージのある詞ですが、高貴の血筋の者が供も連れずに旅なぞしませんし、何よりそんな軽装で砂漠を行くなど自殺行為です。本当の砂漠の風景も気候も踏まえない、画家の幻想から生まれた架空の異国の情景。リアリティという実像を脱した抒情に漂う悲しみは、触れることのできない月から零れる甘露のようです。

千葉・御宿海岸にはこの曲を記念した碑と像が立っています。


・「カタン<第二集>」公式サイト
http://www.team-e.co.jp/sp/cotton2/
ティーム・エンタテインメント