風に揺れる白

天気がいいのでカーテンを洗う。
これは毎年5月の恒例行事。
花粉も終わって天気もよくて風も気持ちいい。
この季節にはいつも家のメンテナンスをする。
白いローンのカーテンやシーツが風に揺れているのを見ると
昔入院していた病院の屋上を思い出す。
病院の屋上には不思議な浮遊感がある。
近年暗い色の家具が重く感じられるようになって、
新しく買うものは白っぽいものが多い。
趣味が変わったのかなと思っていたけれど、先日友人に
「昔からファブリックは白だったし、
 医療戸棚が 欲しいと前から言っていたじゃないですか」
と指摘されて気づく。確かに全くその通りでした。
昔から何も変わっていない。
どこまで行っても病室のような、浴室のような部屋が好きなのだ。
マンションの難は色気のないざらついた壁紙。
漆喰でも塗れたらいいのにといつも思う。
最近寝る前にベッドの中で日記をつける。
デジタルではなくアナログで、
モリスの蔦柄を配した万年筆で、インクはブルーブラック。
「オメガの視界」で一緒にお仕事をさせていただいたシナリオで原画の
閂さんと先日お茶を飲んでオカルトやら幻想小説やらの話をしていたら、
昔はそうやって布団の中で灯りひとつで物を書いていた、という話がお互い
共通していて、デジタルで修正や書き物は圧倒的に楽になったけれど、
やはりアナログのあれは代え難く甘やかでしたね、と、
その会話がずっと心の中に残っていたので、部屋をメンテするときに
少しベッドの位置をずらして物が書ける隙間を作った。
日記と言ってもその日にあったことを書くわけではない、
視た夢のことであったり、他愛ない妄想であったり、
試薬瓶を透かして視えた何かであったり、どうでもいい作り話であったり、
何でもいいのでただ何か文字を書く、それだけの雑文帖。
昔つけていたのと同じもの。
ずいぶん文字を忘れているので辞書の頁を繰る。
覚束無かった文字が明確になり、隣にある文字や言葉が目に入る。
世界がわずかに明示される。
けれどそれらは所詮ベッドサイドの小さな灯りの中に鎖されたもので、
誰に知られることも発表されることもなく頁の闇に閉じられる。
それがとても心地よいということを、久しぶりに思い出す。